本日お知らせしました、
「2016年4月からの新体制」を迎えるにあたって、
以下、パセリス劇団員からのコメントです。
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【浅海タクヤ】
お疲れさまです。浅海です。
さて、既にお知らせにもありましたように、
わたくし、数年間の「育休」に入ります。
そして、劇団員の神谷はつきにパセリス主宰を移譲します。
これまで作・演出・出演として活動してきた部分は一度お休み。
神谷にパセリスを任せて、浅海は裏方でサポートするような体制になります。
「育休」という言葉にもあるように、
少しこれから育児というものに時間を費やしてみようと思っています。
いやー、子供と向き合うというのは、
普段経験し得ないものを与えてくれるので、とても刺激的です。
楽しいこともあれば、イヤなことももちろんある。
テーブルのパソコンをつかんで「がんっ」と落とすこともあれば、
最近では、いつの間にか冷凍庫を開けっ放しにしようとする。
でも、おもちゃのマイクを渡すと楽しそうにかじったりするし、
もうなんかそういうのにがっつり向き合ってみようかなと。
で、神谷の話です。
神谷にはこれまでもいろいろムチャを言ってきましたが、
今回が一番のムチャだと思います。
でも、面白そうなんですよ、彼女に主宰をやってもらうってことが。
僕が神谷に主宰を任せることの主な理由は、
「まず第一に信頼できる」「彼女が主宰をやったら面白そう」の2つ。
パセリスの新たな可能性を、彼女が広げてくれるような気がして。
まずは主宰を引き受けてくれたことにしっかりと感謝して、
自分もパセリスの劇団員の一人として、きちんとできることをしたいと思います。
同じことを粛々とやり続ける良さももちろんありますが、
こうやって少しずつ変わっていくのもドラマがあっていいですよね。
(自分で言うのもなんですが)
2016年度以降も、
変わり続けるパセリスをよろしくお願いします。
そして、今後もお楽しみに。
パセリス 浅海タクヤ
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【神谷はつき】
中学2年生のおわり、吹奏楽部の部長に任命されました。
どちらかといえば穏やかに過ごしたかったので、衝撃でした。
そして、中学3年生の時のあだ名は『部長』になりました。
高校では演劇部に入り、3年生の時の役職はたしか会計でした。
みんなの部費を集めるのが好きだったのです。
(もしかしたら書記だったかも?と思い始めました。高校時代の記憶はあやふやなのです)
そこから大人になって、チームの盛り上げ役になることはあるにせよ、トップに立つことはありませんでした。
自分はそういうのは向いてない、と思っていたからです。
青天の霹靂。
ーーーー浅海タクヤ氏から、パセリス主宰を引き継ぐことになりました。
わたしにとって、パセリス=浅海タクヤ、です。
多分、これまで観てきたお客さんにしても。
わたしが主宰になることによって、どうなるのか。
それはもう、パセリスじゃないんじゃないか。
悩みました。
でも、主宰、という肩書きになっただけで、パセリスは浅海タクヤと神谷はつきのユニットであることに変わりはありません。
公演数は減るかもしれない。
でもわたしが動けば『パセリス』という名前は、色々な人の目にとまるのではないか。
そう考えました。
作家でもなく、演出家でもない、そんなわたしが主宰になります。
至らない点もたくさんあるかと思います。
そこを含めて!新生パセリスを応援していただけたら嬉しいです。
これからもパセリスを宜しくお願い致します。
2016年3月 雨の降る音を聴きながら
神谷はつき